大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)202号 判決

東京都昭島市松原町3丁目9番12号

原告

理学電機株式会社

同代表者代表取締役

志村晶

同訴訟代理人弁護士

山崎順一

同訴訟代理人弁理士

鈴木利之

東京都昭島市武蔵野3丁目1番2号

被告

日本電子株式会社

同代表者代表取締役

江藤輝一

同訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

主文

1  特許庁が平成4年審判第1770号事件について平成6年7月15日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「微小領域X線デイフラクトメーター」とする特許第1609226号の発明(昭和53年10月30日出願、出願人日本エツクス線株式会社、平成1年10月11日出願公告、平成3年6月28日設定登録、同年12月26日日本エツクス線株式会社から被告に対し特許権の1部持分を移転登録、平成5年6月28日日本エツクス線株式会社から被告に対し特許権の残持分を移転登録、以下「本件発明」という。)についての特許権者であるが、原告は、平成4年2月3日当時の特許権者である日本エツクス線株式会社と被告とを被請求人として本件発明について特許の無効審判を請求したところ、平成4年審判第1770号事件として審理された結果、平成6年7月15日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年8月10日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

多数の結晶粒から成る試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の微小領域に照射するための手段と、前記試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡と、前記X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器と、前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構と、前記検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と、この信号を一定期間積算的に記憶する手段と、該信号を積算的に記憶する測定期間中、その先端に前記試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構と、前記記憶された信号を読み出し、表示する手段とから構成したことを特徴とする微小領域X線デイフラクトメーター(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  請求人(原告)は、「特許第1609226号の特許を無効とする。」との審決を求め、本件発明は、以下の〈1〉ないし〈6〉記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、したがって、本件発明の特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたと主張した。

〈1〉 ADVANCES 1N X-RAY ANALYSIS Vol.20(1977年、University of Denver、P529~545、審決表示の甲第1号証、以下「引用例1」という、別紙図面3参照、本訴甲第4号証)

〈2〉 THE REVIEW OF SCIENTIFIC INSTRUMENTS Vol.20 n.5(1949年、P365~366、審決表示の甲第8号証、以下「引用例2」という、別紙図面4参照、本訴甲第5号証)

〈3〉 材料 21巻 227号(昭和47年、P807~815、審決表示の甲第10号証、以下「引用例3」という、別紙図面5参照、本訴甲第6号証)

〈4〉 材料 27巻 294号(昭和53年3月、P216~220、審決表示の甲第13号証、以下「引用例4」という。)

〈5〉 日本結晶学会誌 18巻 30号(1976年、P30~34、審決表示の甲第15号証、以下「引用例5」という、別紙図面2参照、本訴甲第3号証)

〈6〉 16th Annual Proceeding of Reliability Physics Symposium(April 1978、P 56~58、審決表示の甲第18号証、以下「引用例6」という。)

(3)  引用例1ないし引用例6には、それぞれ次の事項が記載されている。

〈1〉 引用例5には、「粉末や金属箔さらには岩石薄片などの試料と、その微小領域にX線をコリメートして照射するための手段と、光学顕微鏡と、試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように走査するドーナツ型中空筒のX線検出器とからなる微小領域X線デイフラクトメーター」についての技術。

〈2〉 引用例1には、「粉末試料と、その試料にX線をコリメートして照射するための手段と、試料によって回折されるX線をある角度範囲をカバーする位置感応型のX線検出器と、検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と、この信号を一定期間記憶する手段と、前記試料を保持する回転軸を回転させるための手段とからなる微小領域X線デイフラクトメーター」についての技術。

〈3〉 引用例4には、「X線応力測定において、時間短縮及び精度向上を図るために、位置感応型X線検出器を用いる」技術。

〈4〉 引用例2には、「単結晶試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料に照射するための手段と、前記試料の位置を調整するための調整機構と、前記試料を保持する回転軸を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸とは垂直な軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構とから構成したX線デイフラクトメーター」についての技術。

〈5〉 引用例3には、「結晶試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料に照射するための手段と、前記試料を保持する回転軸の回りに振動させると共に該試料を前記回転軸とは垂直な軸の回りに振動させるための試料振動機構とから構成したX線による応力測定装置」についての技術。

〈6〉 引用例6には、「特に薄膜上の小さな領域にX線をコリメートして照射するための手段と、光学顕微鏡と、試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように走査するドーナツ型中空筒のX線検出器とからなる微小領域X線デイフラクトメーター」についての技術が記載されており、この微小領域X線デイフラクトメーターは、引用例4記載の技術のものと同じ構成からなる。

(4)  本件発明と引用例5記載の技術とを対比する。

両者は、実質上「結晶から成る試料と、X線源と、該X線源からのX線をコリメートして前記試料上の微小領域に照射するための手段と、前記試料上のX線照射位置を観察するための光学顕微鏡と、前記X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするX線検出器と、前記光学顕微鏡を用いて試料の所望の微小領域を測定位置に位置付けるため前記試料の位置を微調整するための調整機構とから構成したことを特徴とする微小領域X線デイフラクトメーター」についての技術である点で一致し、次の3点で相違する。

〈1〉 X線の検出装置として、本件発明では、「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器」を備えているのに対し、引用例5記載の技術では、「試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように走査するドーナツ型中空筒のX線検出器」を備えている点(以下「相違点1」という。)

〈2〉 本件発明では、位置感応型X線検出器からの信号を処理し位置情報を得る回路と、この信号を一定期間積算的に記憶する手段と、前記記憶された信号を読み出し、表示する手段とを備えているのに対し、引用例5記載の技術では、このような手段を備えていない点(以下「相違点2」という。)

〈3〉 測定期間中の試料について、本件発明では、「その先端に前記試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構」が備えられているのに対し、引用例5記載の技術では、試料を回転するとの記載はなく試料駆動機構が備えられていない点(以下「相違点3」という。)

(5)  そこで、これら相違点について検討する。

請求人は、相違点2は相違点1を利用することに伴う必然的な構成であり、引用例5記載の技術は、実質的には棺違点1と相違点3の2点で本件発明と相違しているだけであり、相違点1は、引用例5記載の技術に引用例1記載の技術を組み合せることにより容易になし得るし、相違点3は、引用例5記載の技術に引用例2、引用例3記載の技術を組み合せることにより容易になし得ると主張している。

確かに、相違点1と相違点2とは不可分の関係があり、相違点1を利用することに伴って必然的に備えられる構成であるが、本件発明においては、相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい、本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって、「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線の測定を、回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる微小領域X線デイフラクトメーター」を得ることができたのであって、これら相違点の構成がそれぞれ別々の文献に記載されていたからといって、それらを同時に引用例5記載の技術に組み合せることが容易であるとはいえない。

また、請求人が主張するように、相違点1及び相違点3をそれぞれ別々に検討してみても、相違点1は、引用例5記載の技術に引用例1記載の技術を組み合せることにより容易になし得るとはいえない。即ち、引用例1には「位置感応型X線検出器」が記載されているが、この技術は、粉末X線デイフラクトメーターについてのものであり、試料中の微小領域を測定するものではなく、測定対象を異にしているし、位置感応型X線検出器も固定のものと移動可能なものと2つ備えられたものであり、本件発明でいう「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された」ものではないからである。次に、相違点3は、引用例5記載の技術に引用例2、引用例3記載の技術を組み合せることにより容易になし得るとはいえない。即ち、引用例2、引用例3記載の技術においては、「その先端に試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構を備えたX線検出器デイフラクトメーター」が記載されているが、引用例5記載の技術においては、試料を上記のごとき2軸に回転する必要性がなく、引用例2、引用例3記載の技術を引用例5記載の技術に組み込むことが容易とはいえないし、本件発明における上記2つの軸回りの回転させたための効果は、引用例2、引用例3記載のものとは異なっているからである。

さらに、請求人は、上記相違点1と相違点3とを同時に引用例5記載の技術に組み込むことについても、第1の理由、第2の理由を挙げて容易であると主張しているが、上記相違点1と相違点3とを同時に引用例5記載の技術に組み込むことは、各相違点を単独で組み込むことより困難であることは論を待たないから、請求人の主張は採用できない。

(6)  以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)ないし(4)は認める、(5)のうち、請求人(原告)の主張は認めるが、その判断は争う、(6)は争う。

審決の理由のうち、「本件発明においては、相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい、本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって、所期の効果を得ることができたのであるから、これら相違点の構成を同時に引用例5記載の技術に組み合せることは容易であるとはいえない」とした点については、実質的な判断の遺脱があり、また、その判断結果自体も、本件発明の構成がもたらす効果と各引用例記載の技術による効果との同一性を看過したことにより、誤っている。

また、審決の理由のうち、「相違点1と相違点3はそれぞれ単独で引用例5記載の技術と組み合せること自体が容易ではないから、これらの相違点に係る構成を同時に引用例5記載の技術と組み合せることは容易ではない」とした点については、各引用例記載の技術内容を誤認してなされた判断である。

したがって、上記2つの理由に基づいてなされた審決は、いずれの理由に関しても違法であって、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点1ないし相違点3の判断について、本件発明の構成とその作用効果に対する判断の遺脱、判断の誤り)

〈1〉 審決は、「確かに、相違点1と相違点2とは不可分の関係があり、相違点1を利用することに伴って必然的に備えられる構成であるが、本件発明においては、相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい、本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって、「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線の測定を、回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる微小領域X線デイフラクトメーター」を得ることができたのであって、これら相違点の構成がそれぞれ別々の文献に記載されていたからといって、それらを同時に引用例5記載の技術に組み合せることが容易であるとはいえない。」と判断した。

しかしながら、上記の「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」という点について、このように認定した根拠が全く記載されておらず、相違点1ないし相違点3がどのように相互に作用しあっていると認定したのか、全く不明である。

したがって、審決は、本件発明の構成とその作用効果について実質的な判断を遺脱しており、違法である。

〈2〉 さらに、上記の「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」という認定自体も誤りである。

本件発明の作用効果は、「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線の測定を、回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる」ことであるが、このうち、「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線を測定する」ことは、「微小領域X線デイフラクトメーター」であれば、当然、備えている機能であって、いずれも微小領域X線デイフラクトメーターであるところの本件発明においても引用例5記載の技術においても、共通に備えている機能である。したがって、本件発明を特徴付ける作用効果は、「回折線の検出漏れを生ずることなく測定できる」ことと、「比較的短時間に測定できる」こと、の2点である。

そこで、この特徴的な作用効果と、相違点1ないし相違点3に係る構成との関係について、検討する。

相違点1と相違点2に係る構成は、いずれも位置感応型X線検出器に関するものであって、これらの構成は引用例1に実質的に開示されている。引用例1には、位置感応型X線検出器を用いることによって、微小試料の粉末X線回折スペクトルが非常に短時間で得られる、と記載されている。

また、相違点3に係る構成は、直交する2つの回転軸の回りに試料を連続的に回転させる試料駆動機構に関するものであって、この構成は、引用例2と引用例3に開示されている。そして、引用例2には、このような試料駆動機構を用いて、試料に対して非常に多数の方向を向かせることにより、単結晶試料から粉末状のX線回折パターンを得ることができる、と記載されているし、引用例3には、このような試料駆動機構を用いて試料を振動させることにより、X線束の照射位置を変化させることなく回折にあずかる結晶粒の数を倍加させ得る、と記載されている。

してみると、本件発明を特徴付ける上記2点の作用効果のうちの「回折線の検出漏れを生ずることなく測定できる」点は、相違点3の試料駆動機構を採用したことによる効果であって、この試料駆動機構の構成とそれがもたらす効果は、上述のように、本出願当時に公知となっていた。

また、上記2点の効果のうちの「比較的短時間に測定できる」点は、相違点1、相違点2の位置感応型X線検出器を採用したことによる効果であって、この位置感応型X線検出器の構成とそれがもたらす作用効果は、上述のように、本出願当時に公知となっていた。

このように、公知の構成要素の組み合せからなる本件発明は、公知の各構成要素が備えている公知の作用効果をそのまま有しているにすぎないのであって、本出願時に当業者が公知技術から容易に類推できないような新たな作用効果をもたらすものではない。

したがって、審決が、「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい、本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって」所期の作用効果を得ることができたとの理由で、相違点1ないし相違点3に係る構成を同時に引用例5記載の技術に組み合せることが容易であるとはいえない、と判断したのは誤りである。

(2)  取消事由2(相違点1の判断について、引用例1記載の技術内容の誤認)

〈1〉 審決は、「相違点1は、引用例5記載の技術に引用例1記載の技術を組み合せることにより容易になし得るとはいえない。即ち、引用例1には「位置感応型X線検出器」が記載きれているが、この技術は、粉末X線デイフラクトメーターについてのものであり、試料中の微小領域を測定するものではなく、測定対象を異にしているし、位置感応型X線検出器も固定のものと移動可能なものと2つ備えられたものであり、本件発明でいう「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された」ものではないからである。」と判断した。

このうち、引用例1の位置感応型X線検出器が「固定のものと移動可能なものと2つ備えられたものであり」との記載については、原告も認めるが、「本件発明でいう「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された」ものではない」との記載については、これは誤りである。正しくは、引用例1記載の位置感応型X線検出器は、本件発明における位置感応型X線検出器と同様に、「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された」ものである。

〈2〉 上記審決の判断のうち、引用例1の位置感応型X線検出器が「粉末X線デイフラクトメーターについてのものであり、試料中の微小領域を測定するものではなく、測定対象を異にしているし」との記載も誤りである。

まず、この記載の結論部分であるところの、引用例1記載の技術と引用例5記載の技術とは「測定対象を異にしている」について、これは誤りである。引用例1記載の技術は、「多結晶試料から成る微小試料」を測定対象にしており、一方で、引用例5記載の技術は、「多結晶試料から成る微小試料」と「多結晶試料から成る大きな試料のうちの所望の微小領域」のいずれをも測定対象としている。したがって、引用例1記載の技術の測定対象は、引用例5記載の技術の測定対象に包含されているものである。そうであるから、引用例1記載の位置感応型X線検出器を引用例5記載の技術と組み合せることの容易性を検討する観点において、その組み合せが当業者にとって思い付かない程度に、引用例1記載の技術の測定対象と引用例5記載の技術の測定対象とが相違している、とは全く認められないものである。

また、上記結論を導くための論理構成も誤りである。審決は、引用例1記載の技術は、「粉末X線デイフラクトメーターについてのものであり、試料中の微小領域を測定するものではなく」と述べているが、この記載から判断すれば、審決では、引用例1記載の技術は、「粉末X線デイフラクトメーター」であるがゆえに、「試料中の徴小領域を測定するものではない」と認定しているように解釈できるが、これは誤りである。引用例1記載の技術が「粉末X線デイフラクトメーター」であることは原告も認めるが、「粉末X線デイフラクトメーター」の測定対象は、本当の粉末試料と多結晶試料のいずれでもよく、さらに、多結晶試料の「微小領域」でもよい。そして、多結晶試料の微小領域を測定するように構成した場合の粉末X線デイフラクトメーターは、微小領域X線デイフラクトメーターとして機能することになる。したがって、「粉末X線デイフラクトメーター」の測定対象が「試料中の微小領域」の場合もあり得るのであって、現に、いずれも「粉末X線デイフラクトメーター」であるところの本件発明及び引用例5記載の技術において、「試料中の微小領域」を測定対象としていることは明らかである。

(3)  取消事由3(相違点3の判断について、引用例2、引用例3記載の技術内容の誤認)

審決は、「相違点3は、引用例5記載の技術に引用例2、引用例3記載の技術を組み合せることにより容易になし得るとはいえない。即ち、引用例2、引用例3記載の技術においては、「その先端に試料を保持する回転軸(φ)を連続的に回転させると共に該試料を前記回転軸(φ)とは垂直なχ軸の回りに連続的に回転させるための試料駆動機構を備えたX線検出器デイフラクトメーター」が記載されているが、引用例5記載の技術においては、試料を上記のごとき2軸に回転する必要性がなく、引用例2、引用例3記載の技術を引用例5記載の技術に組み込むことが容易とはいえないし、本件発明における上記2つの軸回りの回転させたための効果は、引用例2、引用例3記載のものとは異なっているからである。」と判断したが、この認定は誤りである。

相違点3に係る構成は、直交する2つの回転軸の回りに試料を連続的に回転させる試料駆動機構に関するものであって、この構成は引用例2、引用例3に開示されていて、この構成を採用した作用効果は、試料に対して非常に多数の方向を向かせることによって、X線照射領域内に少数の(あるいは単一の)結晶粒しかない場合でも、漏れのない粉末X線回折パターンを得ることである。

このような作用効果は、本件発明における試料駆動機構の作用効果と全く同じである。したがって、本件発明における試料駆動機構の作用効果が引用例2、引用例3記載の試料駆動機構の作用効果と異なっている、とした審決の認定は誤りである。被告は、引用例3記載の技術は、試料の応力測定をするものであって、試料の定性分折をする本件発明と相違する旨主張するが、本件発明の要旨に基づかない主張であって、失当である。

なお、審決では、引用例2、引用例3記載の試料駆動機構の作用効果と、本件発明の作用効果とが、どのように異なっているかについては、全く触れていない。

また、「相違点3は、引用例5記載の技術に引用例2、引用例3記載の技術を組み合せることにより容易になし得るとはいえない」との判断も、上記本件発明における試料駆動機構の作用効果が引用例2、引用例3記載の試料駆動機構の作用効果と異なっている、との誤った認識に基づいてなされたものであって、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2(1)  取消事由(1)(相違点1ないし相違点3の判断について、本件発明の構成とその作用効果に対する判断の遺脱、判断の誤り)について

〈1〉 原告は、審決が「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」と認定したことについて、その根拠が記載されていないと主張する。

原告のこの主張は、意味不明といわなければならない。本件発明において、引用例5記載の技術と本件発明の相違点のみならず、本件発明の特許請求の範囲に記載されたすべての要件が一体となって1つの装置を構成し、審決の認定した作用効果を達成しているのであって、各構成要件が共同して作用しあっていることは本件発明の装置の構成からして自明である。

発明の進歩性において意味があるのは、創作された新規な構成の装置において、従来の装置では得られなかった新規有用な作用効果が得られるか否かである。新規有用な作用効果が得られていれば、それは発明の新規な構成のもたらすものであることは当然であり、新規な構成が幾つかの要件の組み合せよりなっており、個々の構成要件のみでは、装置の作用効果を有していないのであれば、それらの組み合せが当該作用効果をもたらしたと認定することは当然であり、それ以上の理由を必要とするものではない。

〈2〉 原告は、次に、「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」と認定したことが誤りであると主張する。

しかしながら、相違点1ないし相違点3が相互に作用しあっていることは、本件発明の構成から自明である。即ち、相違点3の試料を回転させる機構によって試料から漏れのない回折パターンが発生させられ、これを相違点1の位置感応型X線検出器によって、広範囲にわたり速やかに検知し、その情報を相違点2のデータの処理機構によって処理し表示せしめることにより、所望の結果を達成しているのである。

3つの機構が共同して作動しなければ、本件発明の作用効果は得られない。そして、本件発明のように、これらの機構を組み合せることは、それまで誰も考え付かなかったことなのである。

個々の構成要件自体の作用効果が公知であったか否かを論ずることは意味がない。そういう議論をすれば、およそ、機械的な発明につき進歩性を認める事例は無きに等しくなるであろう。

本件の問題は、微小領域の定性分析を迅速確実に行い得る装置を初めて提供した発明の進歩性である。それ自体は公知であったかもしれない個々の要素の機能を集積することによって、新規な作用効果を達成することは、特許法の保護を受けるに値する発明を意味するのであって、これを否定することは、現行制度を否定するに等しい。

(2)  取消事由2(相違点1の判断について、引用例1記載の技術内容の誤認)について

〈1〉 原告は、審決が、引用例1記載の位置感応型X線検出器は、本件発明でいう「X線の所望角度範囲をカバーするように配置されたものではない」と判断したことは誤りであると主張する。

定性分析のための「所望角度範囲」とは、10度から160度程度までと考えられる(原告の準備書面の記載及び引用例1、544頁の図11に15度から160度までのデータを示していること等)。

本件発明は、固定された位置感応型X線検出器が、広い範囲の回折角を速やかに測定できるようにされている(例えば、本件公報第1図)。検出器を移動させながら測定するようなものではない。

これに対し、引用例1の第2図には、上方に固定検出器、左下方に固定もしくは移動可能の検出器(固定されているか回転する腕に取り付けた60度検出器)が記載されている。これらの検出器は、単体では測定できる回折角(2θ)の範囲が60度以下に限られている。したがって、引用例1記載の検出器が本件発明と同じ「所望角度範囲」をカバーしようとすれば、本件発明とは異なる方法により、時間のかかる測定をしなければならない。事実、引用例1の544頁の図11に示されている2θが15度ないし160度の範囲をカバーする回折パターンは、同図の説明によれば、「1つの検出器を3つの別の場所に使用し、3つのスペクトルを同時に表示した」ものである。

審決が、「所望角度範囲をカバーする」か否かを問題にした場合には、上記の相違点を意味していたのであって、審決の上記判断に誤りはない。

〈2〉 原告は、続いて、審決が、引用例1記載の技術と引用例5記載の技術とは「測定対象を異にしている」と認定したことが誤りであると主張する。

原告の主張は、審決は、引用例1記載の技術は粉末試料を測定するものだと認定した点につき(それ自体に争いはない。)、引用例5記載の技術は粉末でない試料だけでなく粉末試料をも測定するものだということにあるようである。

しかしながら、本件発明に対する引用例として引用例5に意味があるのは、粉末でない試料の微小領域を測定する思想が開示されているという点においてである。他方、引用例1記載の位置感応型X線検出器は、粉末試料に対してのみ使用されているのであるから、これを粉末でない試料の測定に組み合せることには困難性があると審決はいっているのであり、何ら誤りはない。

なお、引用例5記載の装置は、試料の2軸回転をしない。それでは、位置感応型X線検出器をもってきても、漏れのない回折パターンを得ることはできない。引用例5記載の装置は、リング状のスリットと計数管を組み合せた検出器を使用することで測定精度を高め、検出器を機械的に移動させながら測定することにより、測定すべき2θの角度範囲をカバーするようにしている。これはこれで、(作用効果において本件発明に劣るものであるが)全体の機構が一体化した構成をなしている。この一体的な装置の検出器だけを引用例1の検出器に取り替えても技術的に無意味であり、そのような組み合せをなすべき発想を生ずるはずがない。

原告は、さらに、引用例1記載の技術について、粉末を試料とするものであると認定したことは誤りであると主張する。原告の論拠は、一般的な「粉末X線デイフラクトメーター」という用語は粉末でない多結晶試料を使用する場合も含むという点にあるようである。

しかしながら、本件の問題は、引用例1記載の技術が何を開示しているかである。引用例1には、粉末試料をキャピラリーに詰めて測定する方法しか記載していないのであるし、よい分解能が得られるようにキャピラリーの大きさを選んだ旨説明されているのである。したがって、引用例1の測定対象に、粉末でない試料、さらには多結晶試料の微小領域まで含まれているかのごとき原告の主張は明らかに失当である。

(3)  取消事由3(相違点3の判断について、引用例2、引用例3記載の技術内容の誤認)について

原告は、審決が、本件発明の試料駆動機構と引用例2、引用例3記載の試料駆動機構との作用効果が異なっていると認定したことは誤りであると主張する。

しかしながら、引用例2、引用例3に関する審決理由は、これらの引用例には試料を2回転させる機構が開示されているけれども、引用例5記載の技術では試料を回転させる必要がないのだから、引用例2、引用例3記載の技術を引用例5記載の技術に組み込むことは容易になし得ないという点に主眼がある。原告は、この点の認定を争っていない。

また、引用例2、引用例3記載の技術の試料回転と本件発明の試料回転との作用効果が異なると認定した審決の趣旨は、原告が論ずることとは異なる。原告は、試料を回転させることの純粋なX線結晶学的な原理が同一だというにすぎない。特許発明は、学問とは異なり、学問的原理を技術に応用するところに成立するものであり、発明の作用効果もまた、応用された技術のものでなければ意味がない。

引用例2記載の技術では、単結晶の分析のために試料を回転しているのであり、単結晶についてこれを粉末化することなく(例えば、宝石の分析について必要がある。)粉末回折パターンと同じ回折パターンを得ることがその作用効果である。

引用例3記載の技術では、試料の応力測定をしているのであり、その目的に適った特定の回折ピークの測定(写真撮影)を改良する作用効果を奏するものである。

これらは、本件発明における、試料の微小領域の定性分析に適する回折パターンを迅速、正確に得るという作用効果とは明らかに異なるものである。

原告は、以上の点の技術内容につき審決に誤認があり、その結果各引用例を組み合せることが容易でないと判断したことが違法であると主張するもののようである。しかしながら、審決の認定に何ら誤りのないことは上記のとおりであり、かつ、原告が争わない引用例5記載の技術と本件発明との相違点によるだけでも、組み合せの困難性は認められる。そうである以上、審決が違法であるとの原告の主張が成り立たないことも当然である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(本件発明の出願公告公報)によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本件発明は、多数の結晶粒からなる試料の微小領域のX線回折像を取得することのできる微小領域X線デイフラクトメーターに関する。(1欄22行ないし2欄2行)

(2)  従来より、物質の構造解析、特に多数の結晶粒からなる物質の構造決定には、X線回折装置が使用されている。このようなX線回折を行うとき、しばしば直径100μm以下の微小領域の情報のみが必要になることがある。このように分析ないしは測定領域が微小になった場合、X線照射領域中に存在する結晶粒は比較的少数になる。そのため、もし試料が固定されていたり、あるいはφ軸の回りにしか回転していない場合、照射領域中の結晶粒によってブラッグ反射が生ずる確率は小さなものとなる。また、ブラッグ反射が生じたとしても、反射X線が試料を取り囲んで配置される帯状の検出領域に入射する確率はさらに小さなものとなる。

したがって、このような従来の場合には、多数の結晶粒からなる試料の微小領域にX線を照射した際に、太いX線を試料に照射した場合に得られるところの検出漏れのない回折スペクトルを得ることはできなかった。特に、試料中の結晶粒の結晶格子面の方向分布に偏りがある場合には、この検出漏れの可能性はさらに大きなものとなるため、満足のゆく測定はさらに困難であった。(2欄4行ないし3欄2行)

(3)  本件発明は、上記の点に鑑みてなされたもので、多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線の測定を、回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことのできる微小領域X線デイフラクトメーターを提供することを目的とし、要旨記載の構成(1欄1行ないし20行)を採用した。(3欄4行ないし9行)

(4)  本件発明は、比較的短時間な測定期間内において考えれば、X線照射微小領域内の結晶粒の結晶格子面の方向分析は充分ランダマイズでき、試料のX線照射領域中に比較的少数の結晶粒しか存在しないにもかかわらず、検出器の信号を蓄積して得られた信号は、X線照射領域中にランダムな方向分布を有する多数の結晶粒が存在する場合に得られるようなピーク検出の漏れがない連続した回折スペクトル信号となる。したがって、多数の結晶粒からなる試料の微小領域のX線回折分布を比較的短時間のうちに良好に行うことができる。

特に、結晶粒の結晶格子面の方向の分布に偏りがある場合であっても、前記φ軸とχ軸の回りの回転によりこの偏りがあることによる検出漏れの発生を大きく改善できるため、充分測定が可能となる。(7欄8行ないし8欄4行)

2  次に、原告主張の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(相違点1ないし相違点3の判断について、本件発明の構成とその作用効果に対する判断の遺脱、判断の誤り)について

〈1〉 原告は、審決が「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」と認定したことについて、その根拠が記載されていないと主張する。

審決は、上記説示に続いて、「本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって」、本件発明を得ることができたのであるから、「これら相違点の構成がそれぞれ別々の文献に記載されていたからといって、それらを同時に引用例5記載の技術に組み合せることが容易であるとはいえない」と判断しているものであるところ、「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」という表現からは、具体的にどのように作用しているか明らかでなく、その内容が判然としているとはいい難い。

〈2〉 そこで、さらに、この理由について、実質的にみても相当であるか否かを検討する。

本件発明は、前示1(4)認定のように、かつ、審決も認定するごとく、「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線の測定を、回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる微小領域X線デイフラクトメーター」を得ることができたものである。

このうち、まず、「多数の結晶粒からなる試料の所望の微小領域からの回折X線の測定」ができるということ自体は、審決においても、引用例5にこのような微小領域X線デイフラクトメーターが記載されていて本件発明と一致すると認定しており、微小領域X線デイフラクトメーターに関しての基本的機能そのものであると判断される。

そこで、「回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる」という作用効果について検討する。

成立に争いのない甲第5号証(THE REVIEW OF SCIENTIFIC INSTRUMENTS Vol.20 n.5、AMERICAN INSTITUTE OF PHYSICS 1949年5月発行)によれば、引用例2には、「同定の目的のためには単結晶から直接粉末データが得られれば便利である。このことは、X線ビーム中に配置した結晶に、非常に多数の方向性を与えることによって達成される。」(365頁右欄本文12行ないし15行)と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第6号証(「材料」21巻227号、社団法人日本材料学会昭和47年8月15日発行)によれば、引用例3には、「結晶振動法を導入し試料を写真撮影中にX線軸およびそれに垂直な軸(図21参照)のまわりに小さい角度範囲で振動させることにより、X線束の照射位置を変化させることなく回折にあずかる結晶粒の数を倍加させ得る。」(813頁右欄図21下から8行ないし4行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、引用例2、引用例3記載の技術は、直交する2つの回転軸の回りに試料を連続的に回転させ、これにより、試料を多数の方向に向かせて、X線照射領域内に少数の(あるいは単一の)結晶粒しかない場合でも、漏れのない粉末X線回折パターンを得ようとするものであることが認められ、すなわち、引用例2、引用例3には、回折X線が「回折線の検出漏れを生ずることなく」測定できるという作用効果が記載されていることが認められる。

また、成立に争いのない甲第4号証(ADVANCES IN X-RAY ANALYSIS Vol.20、University of Denver 1977年発行)によれば、引用例1には、「粉末回折法への応用を伴った新しい比例計数管X線検出器が開発された。この新しい検出器は、実質的に完全な回折スペクトルを、良好な効率と角度分解能とをもって収集する。したがって、小さな試料の粉末スペクトルを、フィルムまたは従来の粉末デイフラクトメータを使う場合よりも非常に高速に得ることができる。検出器の出力はデジタルであって、専用のミニコンピュータに接続される。」(529頁7行ないし13行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1には、回折X線の測定を「比較的短時間に行うことができる」という作用効果が記載されているということができる。

以上の認定からすると、回折X線の測定を「回折線の検出漏れを生ずることなく比較的短時間に行うことができる」という作用効果は、上記のような個々の構成を採用することにより生ずるであろうことは、当業者が当然予測できることであって、格別のものとはいえないというべきである。

さらに、審決は、相違点1ないし相違点3が相互に作用しあうことのほか、「本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって」、所期の微小領域X線デイフラクトメーターを得ることができたと判断しているところ、各構成が相互に関連して所期の作用効果を生じさせていることは、そのとおりであるということができる(例えば、試料を2軸回りに回転させることは、微小領域X線デイフラクトメーターにおいて、帯状の検出領域を有するX線検出器を採用したからこそ意味のあることであり、これらの構成は相互に関連しているといえる。)ものの、しかしながら、発明を構成する各要素が相互に関連しているのは当然であって、各要素が相互に関連して所期の作用効果を生じることのみでは、発明に進歩性があることの理由にはならないというべきである。

〈3〉 以上のように、審決が「相違点1ないし相違点3が相互に作用しあい」、「本件発明の構成に欠くことのできない他の構成とも相まって」、本件発明の構成を得ることができたのであるから、「これら相違点の構成がそれぞれ別々の文献に記載されていたからといって、それらを同時に引用例5記載の技術に組み合せることが容易であるとはいえない」と判断したことについては、その根拠が判然としているとはいい難いうえに、実質的にその内容を検討してみても、これが相当な判断であるということはできない。

(2)  取消事由2(相違点1の判断について、引用例1記載の技術内容の誤認)について

〈1〉 原告は、審決が引用例1記載の位置感応型X線検出器の配置について、「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された」ものではないと判断したことについて、誤りであると主張する。

引用例1記載の位置感応型X線検出器が「固定のものと移動可能なものと2つ備えられたもの」であることは、当事者間に争いがない。しかしながら、そうであるからといって、審決のように、「X線の光路を含む面内に前記試料によって回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された」ものではないと直ちに結論することはできない。

前掲甲第4号証によれば、引用例1には、「理想的には、このワイヤー式検出器は2θで180°をカバーするはずである。…我々は、…検出器の最適な角度スパンを実験的に決定し、結果として、半径135mmで約70°を得た。我々は、このスパンと、回折パターンに固有の対称性とを利用して、3個の別個の独立した検出器を配置することを採用した。これらの検出器は、…粉末試料を中心とする1つの真空チャンバーの周辺に設置される(図2を参照)。この方法では、ユーザーはほぼ180°に近いスペクトルを得ることができる。実際の構造は入射コリメータと出射ビームストッパとを含み、この出射ビームストッパは背面方向の15°と前方方向の3°とを遮断する。したがって、実際には、2θで3~165°を同時に観測できる。」(532頁下から14行ないし3行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1記載の技術においても、固定のものと、移動可能なものの検出器を組み合わせることにより、3°から165°の所望角度範囲をカバーするように構成されていると認められる。

被告は、引用例1記載の検出器について、単体では測定できる回折角(2θ)の範囲が60度以下に限られていると主張するが、固定の検出器と移動可能な検出器を協同させることにより、少なくとも、3°から165°の「所望角度範囲」をカバーできると解されることは、上記認定のとおりである。また、被告は、そのような検出器では測定に時間がかかる旨主張するが、仮に時間がかかったとしても、そのことで「所望角度範囲」がカバーできないということもできない。

そして、本件発明の特許請求の範囲には、「回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器」とのみ記載され、また、前掲甲第2号証により、本件明細書の発明の詳細な説明を検討しても、「所望角度範囲」を定義した記載はなく、これが被告の主張する10度から160度の範囲をカバーすることを意味すると理解できる具体的な記載は存しない。

したがって、引用例1記載の位置感応型X線検出器は、本件発明と同様な「回折されるX線の所望角度範囲をカバーするように配置された位置感応型X線検出器」の構成を有するものというべきである。

〈2〉 次に、原告は、審決が引用例1記載の技術と引用例5記載の技術とは「測定対象を異にしている」と判断したことについて、誤りであると主張する。

審決は、この点について、引用例1記載の位置感応型X線検出器は、「粉末X線デイフラクトメーターについてのものであり、試料中の微小領域を測定するものではない」としており、両者の測定対象である「粉末」と「微小領域」との相違を述べているので、これについて検討する。

前掲甲第4号証によれば、引用例1には、「粉末回折法は、試料の同定をするのに有用で強力な手段であり、好ましい条件(反射が強くて指標を指定できる場合)では、結晶構造を決定することも可能である。この粉末法は、…」(529頁16行ないし19行)と記載されていることが認められ、このように試料として「粉末」が記載されている。

原告は、「粉末X線デイフラクトメーター」であれば、その測定対象は、粉末試料と多結晶試料のいずれでもよく、多結晶試料の微小領域を測定対象としてもよい旨主張するが、この主張は、本件で提出された証拠からは認めるに至らない。

そして、引用例5記載の技術は、前示(1)〈1〉、〈2〉認定のとおり、本件発明と同じく微小領域X線デイフラクトメーターに関するものであるが、成立に争いのない甲第3号証(「日本結晶学会誌」18巻30号、1976年発行)によれば、引用例5には、「4 応用例」の「(ⅰ)微量試料の測定例」に「約6μgのα-Al2O3粉末を試料にして本ディフラクトメータと通常のディフラクトメータによる比較測定例を第3図に示した。」(32頁1行ないし4行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例5には、「粉末試料」をも測定することが記載されている。

そうすると、引用例1記載の「粉末X線デイフラクトメーター」の測定対象は、「粉末試料」であるが、引用例5記載の「微小領域X線デイフラクトメーター」の測定対象は、必ずしも「多結晶試料」に限定されず「粉末試料」も包含すると認めることができる。

それ故、両者は、「粉末試料」を測定対象とする点で部分的には一致するが、完全には一致しないので、審決が、この点で、両者が測定対象を異にすると判断したことに誤りはないともいえる。

しかしながら、測定対象を異にすること自体から、直ちに引用例1記載の検出器を引用例5記載の検出器に代替することが困難であるということはできない。引用例1記載の技術も引用例5記載の技術もX線デイフラクトメーターに関するものであって、同一の技術分野に属することは明らかである。そして、引用例1記載の検出器も引用例5記載の検出器も、照射されるX線をカウンタを用いて検出するものであって、カウンタを用いてX線を測定するという共通した構成を有する検出器である。したがって、引用例1記載の位置感応型X線検出器を引用例5記載の検出器に置換することは、当業者にとって容易に想到できたものというべきである。

そうすると、引用例5記載の技術と引用例1記載の技術の測定対象の間に、粉末試料と多結晶試料という相違があるとしても、このことは両技術の組み合せを何ら困難にしないというべきである。

〈3〉 したがって、相違点1に係る本件発明の構成について、「引用例5記載の技術に引用例1記載の技術を組み合わせることにより容易になし得るとはいえない。」とした審決の判断は、誤りである。

(3)  取消事由3(相違点3の判断について、引用例2、引用例3記載の技術内容の誤認)について

原告は、審決が、相違点3に係る本件発明の構成の容易推考性を否定した理由として「本件発明における上記2つの軸回りの回転させたための効果は、引用例2、引用例3記載のものとは異なっているからである。」と判断したことについて、誤りであると主張する。

引用例2、引用例3記載の技術は、前示(1)〈2〉認定のとおり、直交する2つの回転軸の回りに試料を連続的に回転させ、これにより、試料を多数の方向に向かせて、X線照射領域内に少数の(あるいは単一の)結晶粒しかない場合でも、漏れのない粉末X線回折パターンを得ようとするものである。

審決は、このような引用例2、引用例3記載の技術の作用効果と本件発明の作用効果が相違するとしたことについて、その理由を述べていないが、本件発明の試料駆動機構に関する作用効果は、前示1(4)認定のとおり、直交する2つの回転軸の回りに試料を連続的に回転させることにより、X線が照射される結晶に多数の方向性を与えることにあり、このような作用効果は、前示(1)〈2〉にも認定したとおり、上記引用例2、引用例3記載の技術の作用効果から、当業者が当然予測し得たものであって、格別のものとはいえないというべきである。

そうすると、本件発明の作用効果は、引用例2、引用例3記載の技術とは異なっており、これらの技術から予測し得ないとした審決の判断を相当とすることはできない。

また、審決は、相違点3に係る本件発明の構成の容易推考性を否定した理由の1つとして、「引用例5記載の技術においては、試料を上記のごとき2軸に回転する必要性がない」ことを挙げているが、引用例5記載の技術は、「所望角度範囲をカバーするように走査するドーナツ型中空筒のX線検出器」を備えたものであることは、当事者間に争いがなく、このようなX線検出器を使用するのであれば、試料を直交する2つの回転軸の回りに連続的に回転させる試料駆動機構は必要でないことは当然であるといえる。しかしながら、ドーナツ型中空筒のX線検出器を走査する方式も、試料を直交する2つの回転軸の回りに連続的に回転させる試料駆動機構を用いて駆動させる方式も、X線反射波の所望角度範囲をカバーするためのものであり、両者はX線検出に関して等価であることは当業者にとって自明であるといえる。そうすると、X線反射波を漏れなく検出する課題について何れの方式を選択するかは、微小領域X線デイフラクトメーターに関して設計事項であると認められる。

したがって、相違点3は、引用例5記載の技術に引用例2、引用例3記載の技術を組み合せることにより容易になし得るとはいえないとした審決の判断は誤りというべきである。

被告は、引用例2記載の技術は、単結晶の分析のために試料を回転しており、単結晶を粉末化することなく回折パターンを得ることがその作用効果である、また、引用例3記載の技術は、試料の応力測定をしているのであり、その目的に適った特定の回折ピークの測定(写真撮影)を改良する作用効果を有するものであるから、本件発明における、「試料の微小領域の定性分析に適する回折パターンを迅速、正確に得るという作用効果とは明らかに異なる」旨主張する。

前掲甲第6号証によれば、引用例3には、細束X線回析法について、「材料を破壊することなく観察することが可能である」(807頁左欄5行ないし6行)と記載されていることが認められ、引用例3は、細束X線を試料に照射することによって試料を非破壊的に測定するものであり、試料を直交する2軸の回りに小さい角度範囲で振動させて、X線束の照射位置を変化させることなく回折にあずかる結晶粒の数を倍加させ得る測定方法を示しているものであり、即ち、試料から反射されるX線を漏れなく測定するという作用効果を示している。

そして、本件発明における「試料の微小領域の定性分析に適する回折パターンを迅速、正確に得る」という作用効果のうち「迅速」にという作用効果は、前示(2)認定のように、位置感応型X線検出器を採用したことによる作用効果であり、「正確」にという作用効果は、上記認定のように試料を直交する2軸の回りに回転させる試料駆動機構の採用によるものであるということができる。

なお、前掲甲第2号証によれば、本件明細書の記載事項を検討しても、本件発明による微小領域X線デイフラクトメーターが定性分析のみを対象としていると認めることはできない。

したがって、被告の主張するように、引用例2、引用例3記載の技術の作用効果と本件発明の作用効果が相違すると認めることはできない。

3  以上のように、審決は、相違点1ないし相違点3についての判断を誤り、その結果、「本件発明の特許を無効とすることはできない」という誤った結論を導いたもので、違法であるから、取消しを免れない。

第3  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1(本件発明)

図面の簡単な説明

第1図は本発明の一実施例を示すための図、第2図は第1図を右方向から見た図、第3図は第1図において使用する検出器の一例を示す図、第4図は同じく信号処理回路の一例を示す図、第5図及び第6図は第1図の装置の試料駆動装置の一例を示す図、第7図は検出器の配置について説明するための図である。

1:微小焦点X線源、2:電子銃、3、4:集束レンズ、5:ターゲット、6:コリメーター、7:試料、8:ミラー、9:光学顕微鏡、10:ミラー保持器、11:つまみ、12:回転軸、13:位置感応型X線検出器、14:処理回路、15:メモリー、16:表示装置。

〈省略〉

別紙図面 2(引用例5)

〈省略〉

別紙図面 3(引用例1)

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 4(引用例2)

〈1〉 コリメーター

〈2〉 コリメータホールダー

〈3〉 軸受

〈4〉 駆動円板

〈5〉 平歯車

〈6〉 軸受ハウジング

〈7〉 円板

〈8〉 ロッド

〈9〉 台

〈11〉 錘

〈12〉 モータ

〈13〉 歯車

〈省略〉

別紙図面 5(引用例3)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例